薬局の店頭でしばしば遭遇する症状に耳鳴があります。厚生労働省の平成13年度国民生活基礎調査健康票では、何らかの気になる症状を持つものは40,552,000人で、このうち501,000人が気になる症状として耳鳴を上げています。一時的な耳鳴は、誰にでも起こり得ますが、長く続く耳鳴は不快なものです。精神的なストレスになれば悪循環でしょう。耳鳴は、何かの病気に随伴して起こる症状の一つといわれています。生活に支障がないようにコントロールするためには、原因となる病気を治療したり原因物質を究明し除去することが必要です。
耳鳴って?
耳鳴は、周囲に音源が無いにもかかわらず耳の中や頭蓋の中で音を感じる状態です。耳鳴の発生機序はまだ解明に至っていません。自覚的耳鳴と他覚的耳鳴に分けられます。
自覚的耳鳴 | ・・・ | 聴覚系の何らかの異常に随伴することが知られています。耳鳴を訴える人の約8割に難聴が認められ、難聴のある人の半数以上は耳鳴を自覚していないという報告があります。 |
他覚的耳鳴 | ・・・ | 他の人が聞いても耳鳴の音を聴くことができるものです。顎関節に起因するものなど、体内のどこかに雑音を発生させる原因があります。 |
耳鳴を起こすことのある病気の例
疾患部位 | 病名 |
外耳道 | 外耳道炎,耳垢栓塞,異物,外耳道真菌症 |
中耳 | 中耳炎,耳硬化症,耳管狭窄 |
内耳 | 薬剤性内耳障害,メニエール病,突発性難聴,老人性難聴,内耳炎,梅毒,外リンパ瘻 |
聴覚路障害 | 髄膜炎,聴神経炎,脳梗塞,聴神経腫瘍 |
その他 | 妊娠,ストレス,心身症,顎関節症,うつ病 |
<参考> 耳鳴の苦痛度 (THI:Tinnitus Handicap Inventory)
各項目について | |
「よくある」 ・・・・・ | 2点 |
「たまにある」 ・・・ | 1点 |
「ない」 ・・・・・・・・ | 0点 |
点数の合計が25点以上の場合は苦痛度が高いと考えられています。 |
項目 | 点数 | |
1 | 耳鳴のために物事に集中できない | |
2 | 耳鳴の音が大きくて人の話が聞き取れない | |
3 | 耳鳴に対して腹が立つ | |
4 | 耳鳴のために混乱してしまう | |
5 | 耳鳴のために絶望的な気持ちになる | |
6 | 耳鳴について多くの不満を訴えてしまう | |
7 | 夜眠るときに耳鳴が妨げになる | |
8 | 耳鳴から逃れられないかのように感じる | |
9 | あなたの社会的活動が耳鳴により妨げられている<br/ >(例;外食をする,映画鑑賞) | |
10 | 耳鳴のために挫折を感じる | |
11 | 耳鳴のために自分がひどい病気であるように感じる | |
12 | 耳鳴があるために日々の生活を楽しめない | |
13 | 耳鳴が職場や家庭での仕事の妨げになる | |
14 | 耳鳴のためにイライラする | |
15 | 耳鳴のために読書ができない | |
16 | 耳鳴のために気が動転する | |
17 | 耳鳴のために家族や友人との関係にストレスを感じる | |
18 | 耳鳴から意識をそらすのは難しいと感じる | |
19 | 自分ひとりで耳鳴を管理していくのは難しいと感じる | |
20 | 耳鳴のために疲れを感じる | |
21 | 耳鳴のために落ち込んでしまう | |
22 | 耳鳴のために体のことが心配になる | |
23 | 耳鳴とこれ以上つきあっていけないと感じる | |
24 | ストレスがあると耳鳴がひどくなる | |
25 | 耳鳴のために不安な気持ちになる |
(神崎仁;3人のカルテから病気別・上手な治療の受け方 耳鳴り:きょうの健康No.195 2004 p127より)
How to 検査項目
聴力検査 |
耳鳴の一般的な治療方法
原因疾患の治療 | 外耳・中耳の炎症 | 抗生物質の使用 | |
内耳障害 | 突発性難聴,急性音響外傷,騒音性難聴,内耳炎など |
副腎皮質ホルモン剤,血流改善薬,神経賦活薬,ビタミン薬(例:ニコチン酸,ビタミンB12)など |
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メニエール病 | 低浸透圧利尿剤 | ||
その他 | 精神科的治療 | 抗うつ薬,抗不安薬,睡眠薬 | |
漢方薬 |
牛車腎気丸,桂枝加竜骨牡蛎湯,香蘇散,大柴胡湯,苓桂朮甘湯,三黄瀉心湯,釣藤散,半夏厚朴湯など |
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手術による原因療法 |
慢性中耳炎(鼓室形成術),耳硬化症(アブミ骨手術),外リンパ瘻(内耳窓閉鎖術),メニエール病(内リンパ嚢開放術) |
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耳鳴の抑制療法 | 薬物療法 | 全身的 | 抗不安薬,抗うつ薬,抗痙攣薬,筋弛緩薬,1%キシロカイン |
局所的 | 内耳麻酔,星状神経節ブロック,大後頭神経ブロック | ||
物理的刺激による治療 |
自然環境音聴取,ラジオ・テレビ聴取,音楽聴取,マスカー療法,補聴器,岬角電気刺激など |
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心理療法 |
バイオフィードバック,自立訓練,集団心理療法,カウンセリング,TRT(tinnitus retraining therapy)など |
お薬が原因で起こる聴覚障害
耳のしくみ
堺 章:聴覚・平衡感覚,目でみるからだのメカニズム 2000年新訂より
脳から出る末梢神経というものは12対存在し、それぞれ嗅神経、視神経、動眼神経、迷走神経・・・などと呼ばれており、脳から直接頭や首のさまざまな部位へ伸びています。この中で内耳神経と呼ばれ聴覚・平衡感覚を支配しているものが第8脳神経です。
お薬による聴覚障害は、主に内耳を障害することで起こるとされています。一般的には第8脳神経障害と呼ばれていますが、神経よりも内耳障害が中心です。平衡感覚を保持する前庭や骨半規管、聴覚の受容器である蝸牛に対する障害が起こります。その部位にある聴覚細胞の変性や脱落、消失などによって起こる場合、蝸牛のリンパ液の分泌や組成に影響する場合が多いといわれています。
特に難聴についていえば、蝸牛の聴覚細胞が障害を受けますと、まず蝸牛の入り口の細胞から障害を受けます。蝸牛の入り口には高音部の振動を感知している聴覚細胞があるため、高音部の難聴が起こってきます。これは、普通の会話では気づきにくい音です。この他、蝸牛リンパ液の組成が変化し、電位が低下して難聴を起こすことがあります。お薬によっては、服用中に発症する場合と、治療終了後に発症する場合があります。軽症で早期に発見することがポイントです。
聴覚障害で患者さんの訴える症状の例
前庭・骨半規管障害 | 蝸牛障害 |
・体を動かすとめまいがする |
・高い音が聞き取りにくい |
聴覚障害に注意するお薬
薬効分類 | お薬 |
抗生物質製剤 |
塩酸バンコマイシン,アミノグリコシド系,マクロライド系 |
キサンチン系製剤 |
アミノフィリン,安息香酸ナトリウムカフェイン,カフェイン |
解熱消炎鎮痛薬 |
サリチル酸製剤(アスピリン,エテンザミド),ロルノキシカム,プロピオン酸系(フルルビプロフェン,プラノプロフェン,オキサプロジン) |
ループ利尿薬 |
フロセミド |
α1,β-遮断薬 |
塩酸アモスラロール |
AT1受容体拮抗薬 |
テルミサルタン |
骨粗鬆症治療薬 |
活性型ビタミンD3製剤(アルファカルシドール) |
催眠鎮静・抗不安薬 |
フルニトラゼパム |
精神神経治療薬 |
塩酸チアプリド,マレイン酸フルボキサミン,塩酸ミルナシプラン,クロチアゼパム |
抗パーキンソン剤 |
レボドパ,メシル酸ブロモクリプチン |
抗ヒスタミン剤 |
マレイン酸クロルフェニラミン,塩酸プロメタジン,ロラタジン |
免疫抑制薬 | シクロスポリン |
抗悪性腫瘍薬 |
塩酸ゲムシタビン,シスプラチン,インターロイキン-2製剤 |
C型肝炎治療薬 | インターフェロン製剤,リバビリン |
非イオン性造影剤 | イオベルソール |
抗原虫薬 | 塩酸キニーネ |
局所麻酔薬 | 塩酸ロピバカイン |
子宮内膜症治療薬 | 酢酸ナファレリン |
お心当たりのある方は,専門家(医師,歯科医師,薬剤師など)にご相談下さい。
文献 | ||
(1) | 日本医薬情報センター(JAPIC)データベース | |
(2) | 医薬ジャーナル Vol.35 No.2 1999 | 医薬ジャーナル社 |
(3) | 月刊 薬事 Vol.42 No.3 2000 | (株)じほう |
(4) | 治療 Vol.86 No.2 2004 | 南山堂 |
(5) | 分担解剖学 第2巻 平成6年2月発行 | 金原出版株式会社 |
(6) | きょうの健康 No.195 2004 | 日本放送出版協会 |
(7) | 今日の検査指針 1987年発行 | 医学書院 |
(8) | 聴覚・平衡感覚,目でみるからだのメカニズム監修 堺章 2000年新訂 | 医学書院 |